僕が号泣した映画

お題「邦画でも洋画でもアニメでも、泣けた!というレベルではなく、号泣した映画を教えてください。」

 

このお題に対して、僕の中で明確にあるのは3種類泣けたと言う意味ではそれぞれ違ってきますが、怖すぎて泣けた。辛すぎて泣けた、感動しすぎて泣けた。3種類お伝えさせてください。

 

第3位

映画 ミスト

謎の霧の中で、コンビニエンスストアに閉じ込められてしまい生き延びるために必死にあらがうアメリカ人の映画。

最初は、ただのスプラッターとかホラー映画かなって思って見てて、そこまで絶望するほどの内容ではなかったんですが。この映画の怖いところは1番最後のシーンにあるんですよね。生き残ってしまう恐怖これを非常に強く描いています。今でもこの恐怖はトラウマです。

 

第2位

映画 グリーンマイル

 

これも幅広い層で愛されてる作品だと思うんですけど、トラウマになるようなシーンはたくさんありましたね。簡単に言うと死刑囚の話なんですけど、アメリカの死刑執を収監する施設に、巨大な黒人の男性が冤罪で逮捕され、死刑になる話しなんですがこの黒人の優しさと純粋さに胸を打たれ、最後に号泣したのを覚えています。

 

第一位

映画 いま、会いにゆきます

 

この映画は、僕の人生に対して、雨と言うものを神聖に感じる強いインパクトを残してくれました。28歳で死んだ妻が雨の季節に戻ってきたと言う中村獅童さん主役のお話でした。学生時代の片想いしていた女の子が大学生になり社会人になり会うこともなくなった。2人が何故か。将来結ばれるあまりにもドラマティックであまりにも奇跡的その裏にあったネタバレが映画の後半にあるのですかそれを見ながら号泣したのを覚えています。笑

 

 

 

以上、僕が号泣した映画3種類紹介させて頂きました。どれも中身は違えど、素敵な作品になっていてとても面白いのでよかったら調べてみてください。

 

 

大切なあなたへ

今月の初旬

仏教徒にとって特別な日でした。

4月8日潅仏会と言う法要があり全国で営まれました。

 

やっぱり花祭りはいいなぁって思う。

お釈迦様の誕生日。

きれいな花で飾ってきれいに装飾して

皆さん、新鮮な気持ちでお祭りをしました。

 

お釈迦様は何が凄いって?

2500年続いた。仏教と言う宗教。

この教えは、形を変え姿を変えあり方を変えても、まだアジアや日本の中にも残っているからです。

 

最近滝行がブームみたいになってて、いろんな配信サイトで皆さん滝行されてますね。

なんかそういうのって好きなんですよね。

 

心を洗うような心を磨くような

そんなシンプルで、清らかな心の作り方色々と勉強して、人様の役に立てばななんて思ったりもします。

 

人は孤独です。でも1人じゃありません。

どんなに辛い人でも、必ず誰か支えてくれると信じています。

 

僕も大切な人に頼られるような存在になりたい。

自分の大切な人を守れるようになりたい。

そんなふうに生きていきたいなぁって思ったりします。

 

人生の修行。

いきなり病気したり

借金で何か回なくなったり。

身内に不幸があったり

いろいろ辛いこといっぱいありますよね。

 

でも、それと同じ位楽しかったり、感動するようなことがあると思うので、人生を楽しみたいですね。

 

命とは大切なギフトです。

人生とはすばらしい。そんなふうに感謝して、生きて行けたらそこそこ楽しかったりして(笑)

 

今日1日がつまらなかったとか、いつも不幸な気持ちでいる人は視野が狭くなって盲目になってしまう。これはもったいない。

 

せっかく生きているのなら人生を思いっきり楽しみたい。久しぶりにディズニー行きたいなぁ。USJ行きたいなぁ。大切な恋人が欲しいなぁ。欲望だらけ(笑)

 

もし辛いことがあると言う人がいたら、自分をぐっと抱きしめて大丈夫。必ずうまくいく。きっと良くなるとつぶやいて欲しい。

必ず明るい。明日が来るから。

マスク

こんにちは。

最近になって思うのですが、パンデミックの影響で3年間マスクをしていた日本人それぞれが今現時点でマスクを外してコミュニケーションを取る。すごく新鮮で不思議な感覚ですよね。

3年間、その人の顔が見えない状況にいた時、勝手に相手の顔を想像して、こんなもんじゃない?って結論が出てしまう不思議とこの3年間で人間のほとんどの印象は顔なんじゃないかと思いました。不思議ですね。顔と言う1枚の肌、その1カ所の印象で、こんなにも相手の感情や考え方、どんな笑いかたをするのかもマスク1枚で隠してしまえば全く情報が入って来ません。顔の印象とはそれだけ大きなものだったのですね。例えば初見であった人に初めてマスクをとってコミニケーションを取る時、どうしても相手の顔を下半分に目線が行ってしまう。これ不思議ですよね。相手のことを理解し相手と共感し、わかったつもりになっていても、マスクを取った顔を見るとガラッと印象が変わってしまう。いい意味でも悪い意味でも不思議ですよね。人間の個性って何なのかなぁって考えています。例えば生まれた頃から、相手の顔を識別できない障害を持った人がいると聞きました。不思議ですね。人の顔が識別できないと相手が誰なのかわからないのかなあと思うんですけど、でも結論として顔以外の情報からその人の中にある個性をいろいろ理解してしまう。逆に顔なんてない方が人間は豊かなんじゃないかなってちょっと思ってしまいます。顔があるからイケメンブサイクがある顔がある。顔があるから美男美女がいる。でも、そのことに縛られて相手の外見だけで判断してしまうと人間は、顔の皮膚1枚で、その人の感情や思考、人間性に至るまで推察してしまう不思議な感覚があります。でもこれはナンセンスです。だって人には人の人生があっていろいろな経験をして、いろいろ悩んで、困ったり人を助けたり、そういったことを連続で1人の人間の人格が作られているんですよね。クラスメイトの顔を知らない。小学生中学生たちは結局クラスメートの顔を知らないまま卒業していくと思うとなんとも味気ないものなんじゃないでしょうか。マスクと言う紙1枚で何か遮られている。何かを遮断してしまってる気がする。そんな3年間でしたね。でもこれは現代人だから経験できるすごく特殊な経験だと思いますよね。昔の人はマスクの下なかったし、情報がこれだけ広く伝達することもなかったから、疫病が流行ったとしても大変なことが起こったて大騒ぎして、それ以上は対策の立てようは無いですからね。でもほんとに子供たちがかわいそうです。学校に行って友達の顔を知ることができない。マスクではじめまして。そしてマスクでお別れ。なんかせっかくの多感な時期にドキドキ、ワクワクして人を好きになったり、友達と遊んだりすることもできないまま学校の授業だけ出てるって。すごく味気ない気がするんですよね。この3年間ほんとに特赦3年間だったと思います。どちらかと言うとあったほうがいいような、なかったほうがいいようなどちらとも言えるよなパンデミックの終息ですよね。コミニケーションを取るのに、こんな藤生だった時代はなかなかないと思います。でもこれから先色々と開けていって、明るい未来が待っていることを望んで希望しないようにしたいですね。だって生きてるんだもん。希望があると信じる限り、人生に希望はある。そんな感じがするんですよね。

はじめまして

しがない、横浜の1民衆です。

最近本を読む機会が増えたので、何かできないかと思い、ブログを書くことにしました。

書こう書こうと思っても、なかなか書くことが思い付かない、そんな苦戦中の皆さんはたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。私はキーボード内野苦手です。でも頑張って自分の勉強している範囲で話せることを話していこうと思います。常日頃感銘を受ける方から勉強させていただき学問とは楽しいと感じています。

 

現在休職中メンタルの不調でなかなか社会に適応できてないような気もしますが、それでもがんばって生きてます生きるって大変でも生きるってすばらしい。そんなふうに人生を楽しんでます。年老いた両親の面倒を見てあげたいと思い介護の勉強を始めました。もともと介護には興味があったのですが、長年自分には無理と言う思い込みを強く持ってしまい、行動が取れないままなんとなくぼんやり生きてきました。でも今は少なからず守るものがあって、ちょっとだけ何かに必要とされるのは嬉しいなと感じています。人生は楽しい楽しいか人生なんだ。そんなふうに自分を奮い立たせるような感じでやっていかないと全然やってられないっすよ。どうせなら、後悔のない未来を残せるよう生きていきたいですね。何か自分でも何を書いてるのかよくわからなくなってしまい、今日はここまでにしたいと思います。拝見してくださりありがとうございます。これからも継続的にブログを書き続けるので、どうか応援してやってください。なんてね笑。それではまたお会いしましょう。